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【No.06 平成15年3月】

下関、北九州と回ってきました

日本アイアイ・ファンド代表、マダガスカルアイアイ・ファンド名誉会長
島 泰三

3月14日、下関で西高校の校長さんたちと会見。去年の文化祭で生徒が私の本を参考に展示をしたので、そのお礼と今年の文化祭に講演をという話の件。下関、九州アイアイファンド代表の近藤弓子さんが同席。校長はこの三月で退職ということで、ともかく高校OBのボランティアメンバーに入会。今年の文化祭での講演は、未定。荒川大郎氏の霊前に近況報告。奥さんから弟荒川玄二郎氏の書を頂いた。「雲」一字の、実に温かい書。うれしかったなあ。現在、私の書斎に掲げていますが。見るたびにうれしくなる書というのもめずらしい。彼は河井寛次郎(陶芸家、民芸家)記念館にいるようですが、京都に行くことがある方は是非訪ねてください。今回は、書家とも縁があったようで、この夜、西高同期の会に出席すると河島隆厚さんに会ったが、彼は浄土宗の僧侶としても活躍しているけれど、書家でもあり、16日に行った料亭(この料理がまたすごかった。今回は料理にも恵まれたけれど)の文字は全部彼の書だった。14日夜の、高校同期の集まりは年々増えて、今回は二十名規模で、私が戻るのを待って新年会をやるという趣旨で、有り難かったが、騒々しかった。山口銀行常務取締役の滝本さんとは中学校以来の同窓だが、「アイアイの話が会社経営に役だつとか、そういう話ができれば、講演頼むのだが、邪道かなあ」としきりに言っていた。
まあ、邪道である。

3月15日、大分県日田市へ。ここでは「森と海の共生」というエヌピーオーがあり、そこにアイアイファンド理事の石原さんが関係していて、代表の平川さんといっしょに出迎えてくれた。観光旅行のつもりの私の美人秘書は、ただちに町中のお雛様祭りに溶け込み、孫の下駄、お醤油などお買いあげ。実は、この「森と海の共生」グループにはアイアイファンドメンバーとの重複があり、その一人、神川さんは奥さんが「お母さんのパン屋」というパン屋さんをやっていて、和服の古い布を集めて、作り直して、老人施設などに提供しているので、私たちも協力したことがあって、パンを送っていただき、是非一度伺いたいと思っていた。
行って見て驚いたのは、神川さんご自身は林業家で、百ヘクタールの山林を持っているということで、あたりは山の中。すぐ上にお寺があって、まるで自宅のお寺のよう、という立地で、自宅の中にしつらえられたパン工房では、五人ほどの地元の方がパンを作っている最中。神川さんのお母さんの代からのパンで、すでに25年間とか。いろいろなものを売るスペースもあり、我が家の古和服も完全にしつらえ直されて、実におもしろい洋服に生まれ変わっていたり、しかも「好みがあるから、売れるとか売れないとかではないので、気に入ったら持っていって」と。我が係累は、お言葉にすぐ甘えるほうだから、ちゃっかり一着もらっていました。知り合いの本も売ってあげているとかで、私の本も置いてもらおうと(お母さんのパン屋さんにご興味あるかたは、877−1242日田市殿町4180神川久子様、電話0973−29−2215へ「島から聞いた」とご連絡ください。)。
平川代表の自宅は、さらに山奥の家で、これはお嬢さんの一級建築士の設計というアイデアいっぱいの家。あちこちから面白い方が集まってきていましたが、こちらはタイムアウトで、ゆっくり話ができなかったのが残念でした。神川さんは「シカ肉を持っていく」とおっしゃっていたのに。3月15日、雨の中、到津の森公園へ。福本さん(西高後輩、現在進路模索中の24歳。体力と根性の人)もごいっしょに、飼育施設内まで岩野園長(アイアイファンド理事でもあり)の案内で回り、マダガスカル展も見せてもらいました。福本さんは間近で見たキリンとゾウにすっかり感動して、自分の進路に動物関係もありか?とさえ。マダガスカル展はたいへんな出来映えで、さすがに群馬県自然史博物館のパネルはよくまとまっていました。しかし、その最初と最後は到津の森公園の独自のパネルでまとめ、借りものとはまったく見えない出来で、さすがに北九州には人物がいると。午後行われた講演会は、いつもは五千人入るという入場者が百人という雨にたたられたにもかかわらず、四十人も集まり、これが天気がよかったら三千人の講演会になったところでした。ずいぶん熱心な方が集まっていらしたので、2時間はあっという間にすぎ、私の本もすぐに売れてしまいました。ちなみに、この展示は5月11日までやっていますので、お近くにおいでの際は、是非。新幹線小倉駅で、「到津の動物園」と言えば、知らない人はいません。

3月16日は吉野ヶ里遺跡公園と諫早の姉の霊前に花を捧げました。吉野ヶ里遺跡はたいへん有名な弥生時代遺跡で、広いのですが、井戸のない高台の環濠集落で、三世紀以来まったく使われていないという特別なところでした。日本で環濠集落(まわりを濠で囲った集落)があるのは、弥生時代と戦国時代だけということで、マダガスカルの高地の丘の上の環濠集落とまったく同じだと。去年は11月に京都で桂離宮などの江戸時代に触れ、12月には春日大社の御祭りで平安時代に触れたのですが、弥生時代もなかなか。こうなるとどうしても縄文時代に触れたいものだと。今、月刊「言語」に連載中の「サルとヒトの社会」は原稿としては第六回分の最終稿まで書き終えたのですが、縄文時代の社会がヒトの最初の社会と同じだと私は思っているので、その後の時代の人間の社会にはこれでそうとうに触れることができたなあ、と、そっちから考えています。

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