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【no.45 平成30年12月】

2018年7月の孫とのマダガスカル紀行 報告会資料「アイアイ・ファンドの活動について」

日本アイアイ・ファンド代表
島 泰三

2018年7月の孫とのマダガスカル紀行DVD(正木徹さん編集)が完成したので、その報告、ならびに2018年のアイアイ・ファンド活動の今年の活動経過と12月の島のマダガスカル行きの活動内容について、アイアイ・ファンドメンバーに報告かたがた、懇談会でも開ければ、と企画したところ、意外にも多くの方に参加していただけることになったので、急遽、日本アイアイ・ファンドのこれまでの活動も若干整理して説明しようと、この文書を準備しました。

島 泰三 2018年11月25日


(アイアイの世界初の撮影は1984年、ラミーの発芽とアイアイの初繁殖は1998年、現地基地建設は1999年(清水、島)、アイアイペアの日本移送は2001年)

■活動原則について
 もともと日本アイアイ・ファンドは、アイアイの棲息地保護と管理をまったくボランティアでやればどうなるか、という実験的活動で、敢えてNPOにも財団にもせずにこれまでやってきました。もっとも、今年で4年目となる緑化機構からの植林助成のように、いくつかの外部からの資金助成も受けてきました。しかし、基本はボランティアによるボランティア活動の継続です。
 本会の活動に関心を持たれた方々から、国内では何をやるのか、自分は何をすればいいのか、という質問を受けることがあります。そのたびにお答えするのは、ボランティアなので、やりたいことをやればいい、現地に行ける人は行く、寄付できる人はする、本会が関係する講演会などがあれば参加したい人は、ホームページを見ていただきたい、ということでした。実際にやっていることは、公式には以下の内容です。

☆NAF日本アイアイ・ファンドはこんなことをします☆
1 マダガスカルの自然の保護と調査研究を支援する。
2 マナサムディ山地自然保護区の設立と整備、管理、運営を支援する。
3 マダガスカルのNGO、マダガスカル・アイアイ・ファンド(2000年4月結成)などの活動を支援する。
4 マダガスカル国高等教育省チンバザザ動植物園など、自然環境の保護と研究に関係する組織と協力して環境教育や人材育成を行う。
そのために年間190万円程度が必要と考えています。

■寄付金の金額について
 会費はいくらですか、という質問もたびたびあります。そのたびに「会費はありません、寄付を受け付けております」ということと「寄付金を代表が持って逃げたと聞いたら、『そんなに困っていたのなら、もう少し送ってやれ』という寄付だけ受け付けております。寄付をされた方々には、報告を送り、年一回の報告会で会計監査を受けた会計報告と事業報告を行っております」とお伝えしております。

■創設メンバーと理事など(全員ではありません)
パリアイアイ・ファンド:相原芳樹、下関・九州アイアイ・ファンド:近藤弓子、ニューヨークアイアイ・ファンド:坂本龍一、企画担当:赤松拓、清水俊介、山口洋一(元駐マダガスカル国日本大使)、会計担当:米倉伸子、監事:山吉隆一
 パリアイアイ・ファンドや下関・九州アイアイ・ファンドを作ったのは、たんにPAF、SHAKAF(マダガスカル語では食事)という語呂合わせです。マダガスカルアイアイ・ファンドがMAFでマダガスカル語で「強い」という言葉なので、という単純さ。
 創設メンバーの坂本龍一さんは、設立15年目に「寄付はしただろうか?幾らすればいいだろうか?」と事務所からの連絡があったので、「代表が持ち逃げしたと聞いても追加を送る程度の金額」と、いつもと同じように回答。本人がガンで苦しんでいる時でした。年々寄付してくださる方々には、感謝あるのみです。
 マダガスカルアイアイ・ファンドMAFは、マダガスカル側の活動窓口です。代表はジルベール・ラクトアリソア博士Gilbert RAKOTOARISOA(元国立チンバザザ動植物公園園長)で、島の年来の友人です。現在は公園の顧問です。
 MAFのメンバーの中で、鳥類研究者のブルノーさんが現地の調査と管理の責任者であり、アジャさんが植林などの調整をしています。現地は、マダガスカル北西部のアンジアマンギラーナという村(コミューン)で、村長のクリスチャンさんが公式の対応者、クラニさんが苗畑管理の責任者です。現地の森林監視員はクラニさんを含めて5人です。

■日本アイアイ・ファンド活動年代記
2002年1月25日 東京
アイアイ・ファンド宣言
「ふたたび世界が戦争と悪意の影に覆われる時、マダガスカルでアイアイの森を守ろうと言えば、時勢を考えない暇人のたわごとだとだと笑われるかもしれない。しかし、ほんとうにそうだろうか?
私たちは、地球を循環する大気を呼吸し、水を飲んで生きている。それでも私たちは、世界の人々と生き物たちを同じ船に乗るかけがえのない仲間とは感じられないだろうか? その仲間たちの苦境を感じとる心を持っていないだろうか? そんなことはない。
2001年に日本にやってきたアイアイたちは、マダガスカルの森がどれほど危機に瀕しているかを訴えるメッセンジャーだった。(後略)」

2002年10月7日 アンタナナリヴ
「保全目的のアンジアマンギラーナ森林ステーション設立に関する大臣布告   第4667/2002号」
第一条:アンジアマンギラーナ認定森林の一部を、保全目的のアンジアマンギラーナ森林ステーションとして創設する。(この様に)創設された森林ステーションの面積は14,380Haで、マジュンガ州、アンツヒヒ郡、アンジアマンギラーナ/アナイジャヌ/アンケリカの各地方コミューンに跨る形で存在する。

2002年7月1日、日本アイアイ・ファンド設立パーティー 於;東京大学山上会館
来賓祝辞:マダガスカル国臨時大使マハウニスン・ユージェーヌ
電報:ニューヨーク坂本龍一、パリ相原芳樹、ナイロビ井上清司、ブラジリア石川博之
2002年8月30日、日本アイアイ・ファンドとマダガスカルアイアイ・ファンド(MAF)との「友好宣言」
12月 理科教室一月号、ニュートン二月号でアイアイとアイアイ・ファンドの紹介記事。ホームページ開設。

2003年 7月9日、アンツイヒで保護区管理委託書公式授与式。
7月10日、アンジアマンギラーナでの地域会議、昼食会300人、ダンス1,000人。
10月29日―11月9日、日本アイアイ・ファンド代表団10名マダガスカル視察
11月―12月、保護区境界の防火帯設置作業

2004年 5月27日、日本アイアイ・ファンド2003年度活動報告会とチャリティーコンサート開催 於:東大農学部弥生講堂一条ホール ピエール・バルー、マヤとの共演。

2005年 3〜5月、マダガスカル通信整備(一カ月かかった)、ランクル・エンジン全分解組み立て事件あり。小林さん(ホームページ担当)妊娠中にタクシーブルース旅行敢行。アイアイ捕獲に成功、チンバザザ動植物公園のアイアイ9頭。コクレルネズミキツネザルが保護区内にいることを確認。
北部調査:ペリエシファカ、タターサルシファカ棲息地。ペリシファカは失敗。
7月『時の箱舟』(庄司龍作曲)完成、アイアイ・ファンドへ寄付(40万円相当)。
9月〜10月、協和発酵コマーシャルフィルム撮影同行(チーフカメラマン正木さん)。
11月、ファンド年次パンフ作成決定、トヨタ環境支援プログラム助成決定。
11月10日、島「種の保存委員会特別講演」(北九州市、秋篠宮御臨席)ファンドメンバー列席
11月11日、『音楽と対談の夕べ』(下関市唐戸カモンワーフ)(小菅、岩野、島)

2006年 ジャパンヨガカレッジ(J-Yogaフユーチャークラブ)保護区保全活動への助成。
1月〜2月(島、井上)「ヒューマニュール・トイレプロジェクト」(58キロの道に9時間かかり、ウィンチで抜け出すこと5回、流砂にはまったランクルを牛6頭で引き出した。)
7〜8月、撮影と動物移送(島、北九州市幹部、TBSどうぶつ奇想天外チーム)
10月、保護区中央大火災(島、赤松)
11月、日本アイアイ・ファンド第二次視察団(山吉夫妻、米倉、松永、島)黄色の花のユーフォルビアの花園や赤い木肌のバオバブの林を発見しました。
日本アイアイ・ファンドの皆様へ。島泰三よりまったく個人的に。2006年12月23日
「二カ月間で下痢が四回とはあまりのことで、自分が太っていてよかったと思ったのは、これが初めてだった。自分の生命の危機の淵というものを覗いたのも、これが初めてだった。もっとも、これからはしょっちゅうになるだろうが。
マダガスカルから帰りついた日、あやかちゃんはパパとママといっしょに待っていて、ババとジジを見た瞬間、走ってきて飛びついた。皆で食事をした別れぎわに、あやかちゃんは言った。『もう、マダガスカルに行かないでね』。さあ、困った。」(NAF報告より)

2007年 10月12日、アンジアマンギラーナ小学校にて『森を守る』映写会(島、塚原、編集正木、音楽庄司、アニメ佐藤)
「大群衆のあんな歓声を聞いたのは、ビートルズ公演以来」とか。
コーヒーノート、「アイアイのコーヒー」発売開始
小林愛実さん6歳、NAF参加。

2008年 10月、アンジアマンギラーナでのアイアイの撮影に成功(島、正木、酒井)。
ラミー植林計画発動。
「彩夏のジジは決意しました。『まだ、やる!』と。またしても、人迷惑にも」(NAF報告より)

2009年 2月、マダガスカル政変。ハニソン園長が交代し、植林計画は振り出しに。
3月、島、赤松、ラミー苗畑計画発動。このラミーを「赤松苗」と呼ぶ。
9月、上野動物園の「アイアイのすむ森」オープン記念講演「アイアイが日本に来るまで」。
10月、ジャイカの資金で島、岩野短期派遣、阿部NAF派遣。
ラミー苗1500本発芽を確認し、現地で植林をさせて年末までに600本活着。この赤松苗をアンタナナリヴに持ち帰り、7本を日本大使公邸や60本を郊外アンブヒジャヌ村に植樹した。このほか現地にアカシア2000本植樹。
「十年ぶりのジャイカ派遣は、日程のとおり、きついものでした。島としては、ストレスがたまりすぎて、帰国早々には腰痛、年末には不整脈を起こしたほどですから、こんなことはあまりやるものじゃありません。」(NAF報告より)
10月10日、アンカラナ国立公園、川口大使は「熱中症寸前」。われらといっしょに行ったのが大使の不運だった。マルク(現地森林監視員の責任者、2015年死亡)たち、マナサムディ山への道を舗装中。ナリンダ湾地域の村へのタクシーブルースの道ができた。
12月、ジルベールMAF代表はチンバザザ動植物公園副園長に返り咲き。

2011年 東日本大震災の年 12月、ジルベールらアカシア500本植林(第十境界標識付近)。以後、この地域が植林地となる。
「一度雨はあがりかけたが、また降りはじめ、ついにテントは水に浮かんでしまった。もっとも、私が寝ているマットは地面についたままだから、そのままじっと横になっている。
12月7日、午前2時、ようやく雨があがった。「やれやれ」と一息つき、床がぶかぶかの状態でうとうとしたのだろう、気がつくと夜が明けていた。
12月8日、アナラランベの森からアンジアマンギラーナの基地に戻り、100本のラミーと60本のアカシアを基地周辺(タナンバザー)に、まず植えようとブルノーに指示。ブルノーとマルクの二人で木を植える穴を掘り始めたから「アホか!」と。「ただちに人夫10人を集めてやれ」と指示のしなおし。その作業の間に来年植林用のアカシアの種子を買いに行く。苗木屋はアンツイヒの近くとブルノーは言っていたが、アンジアマンギラーナから74キロ先にあり(「近い」って百キロ以内か?)、午前中はこれでつぶれた。午後、ラミーとアカシアの苗木を植え、村長も来たので手伝わせる。」(NAF報告より)

2012年 6月DVD『知られざる熱帯大陸マダガスカル』完成(編集:正木徹、音楽:庄司龍)
6月〜7月、島、ルワンダ、ガボン、ケニヤ、マダガスカルと回り、NHK取材班と世界遺産地域チンギドベマラハへ。
7月、ジルベールさんはチンバザザ動植物公園園長になった。
9月、 愛媛県愛南町で「エコスクール」(山アさん主宰)参加。
11月、アイアイ・ファンド第三次視察団(島夫妻、近藤、平松)
「並木を作る」、「孫世代へ伝える」がこの年の報告書の結語だった。

2013年 佐藤純子さん『MISAOTRE!マダガスカル改訂版』(1,300円+税)堂々発行!
笹原冨美代(絵)島泰三(文)『なぞのサル アイアイ』(福音館)傑作選に選定、一年半の限定販売(宣伝です!)
2013年は、植林事業の応募に失敗し、ラミーの苗畑はネズミで全滅とか、サイクロンで基地が壊れたとか、その上マダガスカル政府はやると言った選挙をしないので、国際社会は見放したとか、暗いニュースが続いた前半。6月アクアプラントの守亜さん、NAF参加。
7月、千代田区立富士見小学校環境教育講演会「サルたちの遊び」
8月、愛媛大学うみらいく講演「伊予の海辺からの再生」
11月、マダガスカル(島、阿部)。一晩にアイアイを三頭確認し、撮影。
「キャンプ場所は川の合流点にあって、今は乾季なので広大な白砂地が広がり、大きなマンゴーの樹が数本、ちょうど食べごろの実を何百とつけていました。(このマンゴーがいかにありがたかったか・・どんなに疲れて帰ってきても、糖分と水分、ビタミンが無限に補給できるのです。)川の合流点の近くにはアイアイが主食とするラミー(クルミのような実をつける)の林があります。」「活きた鳥とアヒル(肉だと傷みやすいので生きたまま運んで調理前に捌く)それから、お米、果物など(あとでマンゴーが嫌になるほど食べられることがわかって買ったことを後悔しましたが)を買い込んで」(阿部さんによる現地報告:この生きた鶏はよほど阿部さんに印象的だったようで、今でも「冷蔵庫ないんですもんね」と言う。)
「それにしても、阿部ちゃんは幸運な人だね、キャンプに着いてすぐシファカを見て、夕食後にすぐまたアイアイだからね」と言って、満足して寝ついた直後でした。マルク(監視員頭)の「シェンセイ!」の声。あまりにも眠いためと疲れていたためにすぐには事態が呑みこめず、ただ覚めた耳にアイアイの「グフッグフッ!」の鋭い警戒音があたりにこだましている。これほどの声は、あとから記憶をたどっても、1988年にヌシマンガベで私たちを脅した大きなオス以来だった。」(島による現地報告)
12月、マダガスカル選挙で政権が国際的に承認された(政府なくても国民は困らない4年間だった)。

2014年 10月17日 ラミー5千個の種子を3月に植え、約一割が発芽。アカシア5千本はほぼすべて発芽。
アイアイのすむ森をつくる!
「生きているかぎり可能性がある。ぼくらは決してくじけない。」
(NAF報告より)
10月〜11月 緑化センターの助成金による「植林適地調査」(石原、守亜、島、アジャさん(Haja Rajaonon)と植林(ブルノーさん担当)。「マンゴーを植える」アイデアを石原さんから。これは盲点だった。マンゴーはインド原産とされるが、マダガスカルの原産とも思われ、火に強く乾燥地帯の緑はほとんどマンゴーである。しかも阿部さんの報告にあるように、結実季節には無限の食料を与えている。これは最大の植林用果樹である。

2015年 7月、公益社団法人国土緑化推進機構の「緑の募金公募事業」にアンジアマンギラーナ監視森林周辺の植林事業を応募して承認され、3ヘクタールにラミーなど1800本の植林開始。
9月、上野動物園のアイアイが、アメリカのサンディエゴ動物園に送られたのに続いてイギリスの「ダレル野生動物保全トラスト」に送られた。ここは世界で初めてアイアイの飼育下繁殖に成功した施設で、『積みすぎた箱舟』の著者ジェラルド・ダレルが開設した機関だったので、感慨ひとしお。
12月に予約したマダガスカル航空は飛ばず、翌年2016年1月にエールフランスを使ってパリ経由でマダガスカル行き。

2016年 1〜2月、植林事業監督のためマダガスカルへ(島)大洪水に遭遇、進退窮まる。
マダガスカル北部への唯一の国道6号線は、途中寸断されており、すでに道路だか、航路だか分からない状態で、車と徒歩の人と舟とが合流していた。もっとも、1週間もすれば、水は引いてまた通れるようになる。が、旅行者にはつらい。
アンジアマンギラーナのバオバブ(新種の可能性あり)を植林樹種対象とし、バオバブの種子を熱湯で煮沸して、発芽率をあげる実験をしてみました。熱湯処理種子の発芽率が圧倒的にいい。 本年から植林地に鉄製看板を建て、柵で囲うことにした。
3月19日 宇部市ときわ動物園グランドオープンと「ふしぎの島 マダガスカル展」、「ときわ動物園グランドオープン、記念シンポジウム&講演会」島講演『マダガスカルーサルたちの生まれた島ー』
島はついに「霊長類マダガスカル誕生説」を唱えるに至った。これは、マダガスカルへの個人的な偏愛のなせる業とも言えるだろうが、積年の研究成果であるとも言えるかもしれない。
詳細は『ヒトー異端のサルの一億年』(中公新書)「第一章 起源はレムリアーマダガスカル・アンジアマンギラーナの森から」を参照されたい。
「このグランドオープンには、関東からも多数参加者あり、かつどういうわけか、皆々下関まで行きました(まさか○○のため)。「海流」?「フグ」?」(NAF報告より)
6月、マダガスカル北端へアイアイとバオバブとペリエシファカの調査(島、遠藤、守亜)を公益財団法人東京動物園協会「野生生物保全基金」の助成で実施。守亜さんは幸運の人で、彼が参加する時には、必ず珍しいシファカに会えるというジンクスあり。
このシファカのすむ森へは接近が難しく2004年の調査では失敗。
この年、島は半年とたたないうちにマダガスカルに通うことになったが、その言い訳も。
「(さまざまな任務を帯びてと説明した上で)多重債務者さながらの任務をもって、半年と日をあけずにマダガスカルへ旅立ったというのが、実態なのです。したがって、多くの方々が、一月の洪水で進退窮まったという稀有の経験をまた思い出して、『もっと面白いことはないか?』と島が島内をただうろついているだけ、と思っているとしたら、『たいへんな思い違いである!』と断言する次第です。」(NAF5月30日報告より)
石原さんのご教示によるマンゴー植林は、苗木を牛に喰われて全滅。それで、防護柵を建設することになりました。 7月、アイアイ来園15周年記念講演会「マダガスカル-希少な生き物たちの宝庫」於:国立科学博物館日本館2階講堂(主宰東京都上野動物園)「世界で一番大きな葉は?」など
10月、濱口光さんマダガスカルへ。多重任務でしかも期限つきという重責をこなして、皆皆賞賛を忘れてあきれるほど。濱口メール「高等教育省、外務省を通過するプロセスが大臣のサインも含めて最低でも1週間はかかります。という現状を踏まえて、この後どう動けばよろしいでしょうか。指示をお願いします」このメールへの島の丁寧な返事。「がんばって」。「え?それだけ!」(濱口さんより)
11月、愛媛県愛南町立城辺中学校での講演「なんてすてきな海と山 マダガスカルからの1万キロの波濤を越えて」これを指導した「愛南町アイアイ共和国」の山ア大統領は「イノシシ丸焼き野外パーティー」を開催。
11月〜12月、マダガスカル植林事業。メンフクロウ、ラミーの木を宿にする。
12月、チェーソーアートの第一人者(全米オープン2回優勝者)林隆雄さんのアイアイ・ファンドへメッセージアート。彼の2016年の最後を飾る作品は、アイアイを頂上においたレムール類のトーテムポールでした。

2017年
2月、マダガスカル国際シンポジウム。葉山なる総合研究大学院大学にて。4月からこの大学の学長になる長谷川眞理子さんは、1994年にマダガスカルで会って以来の再会。マダガスカルへの霊長類漂着仮説提唱者のヨーダ教授と論争。ヨーダのデューク大学レムールセンターで、2016年にアイアイ4頭連続死を知る。
「つまり、アイアイの保護に新しい時代が始まるのです」(NAF報告より)と、今になってもこりないやつ!
3月、サッチャナヤシの葉で苗木を覆う濱口光さんの植樹方式では、植栽した苗の95%が乾期の最後まで生き残り、防護のサッチャナヤシの葉からとびだして緑の葉を出しているのを10月に確認。2017年12月の植林では、3000株すべてにこの方式を採用する。
9月、デューク大学レムールセンターへ視察。
10月、マダガスカル現地で確認した衝撃の数々。
「第一、濱口さんによるメトド・マンギラナ(Methode Mangiranaひかる植林法)。第二、苗畑管理でクラニの息子セリさんが登場。第三、アイアイの研究ではニコさん(アンタナナリヴ大学)が、アンモナイトの研究では竹田さん(東大)がそれぞれマダガスカルの夜の闇、ベチブカ川のはるかな南へと突き進んでいました。竹田さんは地下40メートルの穴の中へ潜ると言うのです。最後の衝撃、ベチブカ川南方へ進出した竹田・ブルノー組は、新しい大森林の情報をもって帰りました(NAF報告より)」

2018年の今
そして、2018年は!2019年からの全日空機内誌『翼の王国』の新企画(厳重秘密!)取材のために、むちゃくちゃなスケジュールが始まり、かつワイオミング取材の、パラオ取材のと、特集取材が目白押しのど真ん中、7月に、なんと孫を連れてのマダガスカル行きがありました。その顛末は?ビデオをご覧ください。
2011年12月ジルベール植林の成果
2017年光方式植林の成果
2018年9月『どうぶつと動物園』にアイアイが上野動物園に来るまでの話をまとめましたが、チンバザザ動植物公園のラミーが今年にはどこまで成長したかを編集部が私の身長と正確に比較した写真構成を作ってくれました。1998年に発芽したラミーが、もう一歩で開花・結実するところまで来ています。孫はそれを見ることが十分できるのですが、島にはその時間が残されているかどうか。
なお、島は12月には植林監督のため、マダガスカルに行かなくてはなりません。
その直前に、皆様にお会いできるのは、望外の幸せです。あ、そこの人、酒だけ飲んで、知らん顔しないように。

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